黄檗賣茶流 中井先生のトリビア

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今日。
浄智寺さんで、御園井さんの創作和菓子と、煎茶道・黄檗賣茶流(おうばくばいさりゅう)のコラボイベント。

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椅子席でお手前(立礼-りゅうれい)をする黄檗賣茶流。
今日は七夕のしつらえで皆さんをおもてなししました。

このマーベラスなイベントは後日、
たっぷりの写真とともにお伝えしようと思います。(お楽しみに!)

で、終了後、たからの庭に戻り、
ほっこりカフェのあゆみさんのご飯で軽く打ち上げました。

フランクな感じのステキな男性お二人↓↓が、その黄檗賣茶流の先生なんですよ〜

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飲みながら食べながらつっこみながら、うかがった中井先生のお話がとってもおもしろかったのでメモメモ φ(。。;)。

日本らしいと思われている、着物、畳、正座というスタイルは実はそれほど長い歴史はない、との話。
江戸時代初期まで日本の女性たちはフワッとした長い服を着て、片膝を立てて板の間に座っていた。韓国の時代劇によく見るスタイルに近いですね。

江戸の元禄時代、俗にいうバブル経済状に人心が浮き足立った時に、女性たちの自由を抑制する目的で今の着物のスタイルが採用された。体にぴったりした身幅で、帯でギュッと縛っているので半歩づつしか前に進めない。そして、立て膝で座ることもできないので女性たちは正座をするようになったのだそうです。

さすがに板の間に正座するのは酷過ぎるということで、以前は地位のある人のものだった畳がどんどん庶民の家にも広まっていった。明治の初期ころの農村では、お嫁に行くのに「畳がある家かどうか」がチェックポイントだったとか。

昔の人と今の人では、身長が'15センチぐらい違う。身長1センチ=1キロと言われるので、今は正座によって、昔の人より15キロぐらい重い体重が両足にかかる。かなり負担が大きいのである。

かつて、茶道での「立礼(りゅうれい)」は亜流とみなされたけれど、茶道の大御所たちもどんどんお年を召して正座がキツくなってくると「立礼はいいねえ」とおっしゃるようになるとか。

ちなみにお茶のルーツは中国ですが、「茶道」というスタイルが発展したのは日本だけ。台湾茶にも茶道がありますが、それは黄檗賣茶流 家元の先代が台湾で指導をして始まったという、非常に浅い歴史なのだそうです。


こういうお話を身近にうかがえたりするから、
たからの庭やめられないのですよ。

中井先生、唐木先生。遠く大津と神戸からありがとうございました!

そしてあゆみさん、
ボリュームほっこりごはん、ありがとう!
おいしかった!

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